TOYOTA COROLLA WRC

001
003004005006

実車解説

セリカのリストリクター規定違反に伴う95年シーズンのポイント剥奪、96年の出場停止処分…。
TTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)は続く97年も参戦を中止し、新規定であるWRカーの新規開発により98年シーズンの本格復帰に照準を合わせていた。

―97年8月。
フィンランドラリーにテスト参戦したカローラWRCは、地元出身でのちプジョーのエースとなるマーカス・グロンホルムの手によっていきなりSSトップタイムを叩き出す。
表彰台こそ無かったものの、ライバル達に「TTEここにあり!」という存在感を強烈に見せつけることとなった。

エンジンはFIAの認可を受け、市販車のラインナップには無いセリカ用のターボエンジン・3S-GTEを搭載。
画期的だったのは変速機構で、『ジョイスティック』とよばれるセミATを採用。
ハンドル横に取り付けられたシフトノブでUP/DOWNを切り替えることが可能で、ワークスカーでもMTが主流の時代において他社に先鞭をつけた。
(しかし現在主流の電子制御式ではなく油圧式を用いたシステムだったため、当初はトラブルも多かった。)

フル参戦となった98年はエースドライバーのカルロス・サインツが開幕戦モンテカルロでトヨタに復帰後初の優勝をもたらしたのを皮切りに、7戦にわたり表彰台を獲得。
三菱のトミ・マキネンも同じく7度表彰台を獲得(うち5戦で優勝)し、もつれにもつれたこの年のチャンピオン争いは、最終戦グレートブリテンで決着がつけられることとなる。

まさに「一騎打ち」の様相を呈すグレートブリテン。詰めかけた多くのギャラリーが見守る中、ドラマは早くも初日に起こった。
SS5でマキネンが路面に漏出していたオイルでスリップしたのちコース脇にクラッシュ、あえなくリタイアとなってしまったのだ。

前人未到・3年連続のドライバーズタイトルがかかっていたマキネンを横目に抜き去ったサインツは、そのままトップグループで快走。
もはやこの年の選手権はサインツの手中にあると誰もが疑わなかった最終SSで、さらなるドラマが巻き起こった。

サインツ駆るカローラWRCが、突如としてコース上でエンジンブロー。
そのまま、二度と動き出すことは無かったのである。ゴール手前、わずか300m地点の出来事であった―。

ドアを蹴りつけ、ヘルメットをリアガラスに投げつけたコ・ドライバー、ルイス・モヤの怒りの横で静かにうなだれるサインツの姿は、ラリー史に残る悲劇の名シーンである。

作品解説

タミヤの1/24キットをベースに、ハセガワのキットからデカールやホイールを拝借してグレートブリテン仕様に仕上げました。
(やはり私はタミヤのワイドなボディのほうが好きなもので)

雨でドロドロにぬかるんだ地面を走るためグラベル仕様の足回りとなっていますが、舗装路のステージも存在することから車高はその他のグラベルイベントほど高くはありません。
タミヤの足回りはほぼそのまま生かしています。シーズン後半戦にはボンネット上のエアスクープ手前にフィンが追加されましたのでそれも再現し、
98年から分割式に改められたフロントスポイラーもグラベル用の小さいものをキットのものを加工して再現しています。

そのほかフロントグリルの周りの細かなグリルも開口し、裏からメッシュを当てています。
ちょっとしたことですが、キットのままくり抜かないよりも立体感が増した印象です。

この年のカローラはやはりゼッケン横のマーキングがイベント開催地ごとに変わってユニークなのですが、イギリスの雨をイメージした傘のマーキングがとってもかわいくおしゃれです。
ただ、ハセガワのデカールは劣化が進んでいて貼るのにはかなり苦労しました。サイドエアロやリアバンパーなどの一部も含めて、エアブラシや筆によるタッチアップをところどころに施しています。

corolla
実はこのタミヤのキットは、小学生の頃に一度作ったことがあります。
当時の作品はセリカを作った時に部品取りに使ってしまったため手元に残っていないのですが、十数年ぶりにきちんと仕上げることが出来て満足しています。

展示会出品歴

2014月8月 第2回関西オートモデラーの集い

CITROEN C4 WRC 2010

002
001003004005

実車解説

長きにわたってシトロエンワークスを支えたクサーラの後継として開発されたC4。
市販車は2004年のパリサロンで初公開。流麗なクーペをベースにしたWRカーはそれに遅れること3年、2007年にデビューした。

キットカー時代からターマックでの圧倒的な強さを誇り、2001年にWRカーとして再デビューしたのちも ドライバー、セバスチャン・ローブが3年連続の個人タイトルを得るなど実に華々しい活躍を見せたクサーラの後継に相応しく、 デビューイヤーの2007年からラストイヤーの2010年シーズンまでC4は常にランキング争いのトップで在り続けた。
その後2011年にデビューするDS3 WRCと合わせて、ローブの9年連続ドライバーズ・チャンピオン獲得の立役者であったことは間違いようのない事実である。

そんな「最強マシン」シトロエンC4 WRCを2010年シーズン、自ら創設した個人チームで購入し走らせていたのが、 元スバルワールドラリーチームのファーストドライバー、ペター・ソルベルグ。
リーマンショックによるチームの撤退で自らのシートを失ったかつてのエースは、移籍先探しを余儀なくされたが見つからず、 2009年にノルウェーで「ペター・ソルベルグ・ワールドラリーチーム」を立ち上げた。

参戦初年度は05スペックのクサーラWRCで出場、旧型ながらもワークスに迫るタイムを叩き出し「ソルベルグここにあり!」という 印象を強烈にアピール。終盤2戦には08スペックのC4に乗り換えてWRCへの参戦を続けた。
そして2010年、09スペックのC4を投入し、満を持して全戦に参戦。
最新スペックとはいかないものの、新たなコ・ドライバーにクリス・パターソンを迎えて全13戦中9戦で表彰台入り。ドライバーズランキング3位をものにした。

とりわけ2年ぶりの開催となったラリージャパンでは首位争いを演じ、ワークスC4駆るオジエに次ぐ2位入賞。 かつてのスバルの地元…第2の故郷とも言うべきこの一戦でプライベーターながら7本のSS一番時計を叩き出した活躍ぶりは 日本の熱心なペターファンにとって大きな感動を与えたのである。

作品解説

2010年、2年ぶりに開催されたラリージャパン。北海道の地に、大学4年生の私も立っていました。
しかし、そこには2年前に見たはずの日本メーカーの姿は一切ありませんでした…。

この年のWRCはF1から転向していたキミ・ライコネンのC4が大きな注目を集めていましたが、いちラリーファンの目により鮮烈な印象を残したのが黄色と赤色に塗られたペター・ソルベルグのC4です。スバルのシートを突如追われたペターの活躍は、ファンにとっての大きな希望だったように思います。

2015年静岡ホビーショーのGARAGE24のお題が「黄色い車」と決まったこともありますが、やはりそのような理由で強く心に残っていたことも製作意図のひとつです。特にスバルファンでもペターのファンでもなかった私ですが、ジャパンレンタカーのタイアップキャンペーンで直筆サインカードが貰えたんですよね。
実際にサービスパークに見学に行くと、個人チームなのにもかかわらず大変向上心に燃えるチームだったというか、ワークスチーム以上の熱を感じまして…。今でも大切にしています。

009006007008

さて、そのペターC4を再現するにあたってベースとなったのはエレールのキットです。デカールはスタジオ27。
元キットはターマック仕様ですが、ルネサンスのグラベルキットを組み込んで足回りを再現しています。
しかし、ある時期からカルトグラフ製ではなくなったスタジオ27のデカールは発色は良いものの、非常に硬く扱いにくくルーフ部分の貼り付けに難儀しました。

諸々あってきれいに貼ったデカールをダメにしてしまい(汗)塗装で再現しなおしています。

展示会出品歴

2014年7月 第11回柏崎模型展
2014月8月 第2回関西オートモデラーの集い

SUBARU IMPREZA WRC’99

001
004005003002

実車解説

2005年、病気療養中に34歳の若さで亡き人となったリチャード・バーンズが1999年コルスで使用したマシン。
この年、三菱から古巣スバルへ復帰したバーンズはこのラリーで7位フィニッシュ。

インプレッサは、レガシイの後継車としてデビュー。ギリギリまで勝利をあげられなかったレガシイに対して、グループAで華々しい活躍を見せたインプレッサは、95年にメイクス/ドライバーズのダブルタイトル、翌96年もメイクスチャンピオンを獲得すると、97年には4WD+ターボを市販車段階で持たない欧州メーカーのため新たに創設されたWRカー規定にいち早く対応。これまでの4ドアセダンのボディから2ドアクーペのボディへと大きく変貌を遂げた。

正常進化を続けるインプレッサWRカーは99年型で完全熟成とも言える進化を達成。もともと水平対抗エンジンを縦置きに配置することで重量バランスに優れていたインプレッサであるが、WRカー規定の恩恵をフルに受けて、エンジン搭載位置の後退による重量配分の改善、インタークーラーの配置変更などを通し、エンジンも強化。ライバルに対してのウィークポイントも次々と克服。

99年シーズン序盤の不調が嘘のように、後半戦では8戦中5勝という圧倒的な強さを見せるが、まだグループA規定で世界戦を闘っていた同じ日本メーカーの三菱の前に惜しくもタイトルを逃す。(バーンズはドライバーズランキング・2位でシーズンを終えた)。

また、この年これまで6年の長きにわたってスポンサー契約を行っていたBAT(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)がF1チームのスポンサーへと鞍替えしたことも影響し、SWRTは資金難に陥ってしまう。STI/プロドライブのスタッフたちの希望は、クリスチャン・ロリオーの指揮の下、完全新設計で製作され、翌年デビューを飾る予定の「WRC2000」、そしてその更に先、「新型GDBインプレッサ」へと向かっていた…。

作品解説

タミヤの名作キット、「インプレッサWRC」より99年仕様です。思えばこのキットが出た当時は日本ではちょっとしたラリーブームで(といっても実際にWRCが何かを知っていた人はF1に比べれば非常に少ない数字だったでしょうが)模型はもとより、特に子供向け玩具(プルバックミニカーや、トイR/Cなど)のモティーフとしてもラリーカーがよく選ばれていた、そんな時代でした。

私自身、タミヤのキットがきっかけでラリーの世界に足を踏み入れるのですが、当然このキットも入手して組み立てました。それがこのサイトを作って一番はじめに公開した作品です。(2000年11月)。
imp99_01imp99_02imp99_03

当時はとにかく色を塗ってデカールを貼るのがひたすら楽しくて、模型の出来栄え云々なんてものは全く気にしていませんでしたが、いつかやり直してみたいという思いがあり、今回ようやくそれが実現したのです。
「ランエボスタジオ」として始まった我がサイトも気が付けば間もなく9年目に突入しますが、この9年で多少はレベルアップできたでしょうか。内装は相変わらず筆塗りですが。

結構お気楽に作ったのに、完成すると非常にカッコいい。さすがタミヤ。
98年仕様のバリエーションキットで、厳密に見たら「ん?」という箇所もあるらしいのですが、そこはスルーする方向で…。(笑)

出品履歴

2008年11月 横浜ホビーフォーラム2008
2008年11月 第17回オートモデラーの集いin名古屋
2010年8月 第7回柏崎模型展

SUBARU IMPREZA WRC’03

002
001003004005

実車解説

2003年、スバルはマイナーチェンジした新型を投入。しかしそれは単なるフェイスリフトではなく、プロドライブと市販車の段階から共同開発した、まさに闘うために生まれたマシンであった。

その新型インプレッサを託されたのは、スバルの新しい若きエース、ペター・ソルベルグ。この年、モンテカルロでスバルは全車リタイアを喫しながらもプジョー・シトロエンのフランス勢による優勝争いの影で、着実にポイントを重ねた。そして、第7戦のキプロスでようやく優勝。そこから、オーストラリア・コルス・グレートブリテンと勝ち、一気にポイントトップに躍り出た彼は、その年のドライバーズタイトルを獲得した。
WRCの世代交代を感じさせる、象徴的な出来事であった。

作品解説

フランス・エレールのキットです。同社はキット内容こそ大味な海外キットということで「とてつもない」ものがありますが、そのラインナップはなかなか侮れなかったりします。

しかしこのインプレッサに関しては、既にタミヤから同じグラベル仕様でキットが発売され、発売後にわざわざ注文してまで買うシロモノではありません。でも…なぜだかムショーに見たくなってしまったのです。(苦笑)
キットの箱をあけた瞬間、ダルダルボディにどこか寸法を取り違えたようなボディがコンニチワ。でも不思議なんです。作っていくうちにだんだ~ん“ちゃんとした”インプレッサに見えてくるんですね。そこがエレールの魅力なのかもしれません??

エレールからは’01インプもキット化されており、コレはそのバリエーションです。一応フィンがついたスポイラーやテールランプも新しいモノになっていますが、あとはそのまんまなので、いい加減です。相変わらずのヨンサンキットをそのままでかくした構成なので、ドアの内張りもありませんから割り切った製作にはもってこいですね。

今回、デカールがやっぱり難モノです。薄いのに、インク部分が固いという丁度フジミと昔のタミヤのデカールの性質をあわせ持ったようなクセがあります。うっかり気を抜くとフニャフニャになったうえ、中でバリバリ割れます。サイアクです。

制作時間は新年早々の元旦モデリングで完成までおよそ5日間でした。サフも吹いてなければ研ぎ出しもしてない適当っぷりですが、楽しかったです。

FORD FOCUS RS WRC03

001b
002b003b004b005b

実車解説

99年のデビュー以来、年々進化を遂げ2003年には各部を更に強化、システムを大幅に見直した新型「RSWRC03」が投入されたフォーカス。見るものを圧倒する迫力のフォルムは話題となった。大胆に開口されたフロント周りのグリルと、GTカーのような切り欠きが入れられたフェンダー、そしてリアに取り付けられた大型二段式ウイング。デビュー当初の面影とはガラリと一面を変えている。

中身も大きく進化を果たし、低重心化を図るため主要コンポーネンツはマシン中央に集められ、ダッシュボードに取り付けられていた操作スイッチ系統は全て座席の間に、アクセル・ブレーキペダルもそれまでのダッシュボード側からの取り付けから、床から生えるタイプに変更されるなど、フォードチームのこだわりが随所に見受けられる。

ボディカラーもそれまでのマルティニ・モビスターがドライバーの移籍に絡んで外れたため、しばらくは自社の「RS」ロゴを施したカラーリングであったが、シーズン途中からイギリスのオイルメーカー「BP」のスポンサードを受け、新しい「チームRSカラー」と伴にBPカラー、マルティン車にはBPのブランドであるカストロールのロゴが配された。

第9戦フィンランド。北欧出身ドライバーが圧倒的有利とされるこのラリーで、エストニアの貴公子マルティンが見事優勝。史上3人目のノンスカンジナビアンドライバーの優勝という快挙を達成した。

作品解説

実車が登場するや否や、模型誌でも作例が紹介された新型フォーカス。タミヤニュースでもとりあげられ話題を呼んだものの、大幅な工作が必要とあって挑戦は難しかった中、ハセガワからようやくキットが発売されました。
2004年10月初旬の全日本プラ・ラジショーで発表され、お店に入荷したのが23日。その日まさに店頭に届いた瞬間購入しました(笑)。そこから完成まで約1ヶ月、実質1週間で完成(!)。久々の模型製作を楽しみました。
オートモデラーの集いに間に合わせるため、あまりにも慌ててしまい、名古屋行きの電車の中でリアバンパー右下のバックランプと反射板を取り付け忘れたことに気付く。(写真は取り付け後。)

内容としてはタミヤほどサクサクとはいけない部分もあり、バンパー部の取り付けに苦戦しましたが、それでもやっぱりこのフォルム。かっちょええ…。デカールはイタリア・カルトグラフ製で申し分ない貼り心地と発色です。リアはインストの指示通り、ブラックを塗り分けで再現し、あとのラインはデカールです。

キットはハセガワのこれまでの金型に手を加えたもの。ダッシュボードなどに修正が加えられているほか、スポイラーや前後バンパー、ルーフベンチレーターが新規部品として起こされました。ヘッドライト部も3連タイプに変更を受けています。(^^)

右半分の白塗装がダレてしまい、なんとか隠そうとしてあるのが見え見えです。ルーフベンチレーターも塗装中に見事に落下させてしまい、デカールで隠してあります;
またキットのルーフベンチレーターは何故か中央の支柱が再現されていませんので、再現にこだわりたい方は要注意。

この年のフォーカスのカラーリングはチーム状況のおかげか(?)ワークスチームなのにたくさんのバリエーションが存在するので、ハセガワの今後の展開に期待。(キットには’04仕様のミラーも入っています)

展示会出品歴

2004年11月 第13回オートモデラーの集いin名古屋
2005年8月 第3回柏崎模型展

PEUGEOT 206 WRC2003

001b
004b003b005b002b

実車解説

フル参戦初年にいきなりWタイトルを獲得したプジョー。続く2001年、2002年にもマニュファクチュアラータイトルの栄冠に輝き、3年連続のタイトル獲得を果たした206は2003年シーズンを真紅のマルボロカラーで戦うことになった。鮮烈な赤はまさに王者の風格を感じさせる。
エンジンルームギリギリいっぱいに収まったXU4ユニット。狭い室内はロールケージで固められ、その隙間を縫うようにスペアタイヤと燃料タンクが収められている。

これまでのシーズンで決定的な強さを持てなかったグラベルへの徹底的対策を施した結果、エース・グロンホルムはトルコで順位を落とすものの、第4戦・第5戦のグラベルステージで見事に優勝。悪路に弱いとされたフランス車の評価を覆した。

2003年はタイトルこそシトロエンに奪われるが、それでも2位でシーズンを終え、翌年にデビューを控えた307CCへの大きなつなぎ役を果たしたのであった。

作品解説

というわけで、記憶に残る最強マシン、プジョー206です。既に製作した2000年仕様から多く変更を受けています。

今回ベースにしたのは2002年のニュージーランド仕様。デカールはミュージアムコレクション製ハクリデカールをはじめて使用しました。
タミヤの’03年用と合わせて使用しましたがなかなか苦戦。割れてしまった部分もあり、タッチアップしています。ロゴも足りなかったり、大きすぎたり、違ったりと問題は多いですが、カッコいいのであまり気にしていません。

※参考として、
・リアナンバー上の「TOTAL」ロゴが不足
・Aピラーのプジョーファイナンスのロゴはタミヤデカール使用の指示があるが、モンテカルロの場合とは文字が異なる
・ゼッケンの「ARGENTINA]のロゴは本来黄色でなくオレンジ
・ラリープレートが大きめ、かつカーナンバーが入っていない(私はジャンクデカールから拝借)

キットは2002年までの仕様なので、本当は内装やリアスポイラーの形状など見えないところで変更を受けているのですが、そのまんま素組みで製作しています。
ボディは塗装の際に何度も失敗して、一度シンナー風呂にも入れてます(^^;
結局そのあとも失敗は隠し切れずに、もうボロボロ。なんとも情けない仕上がりになってしまいました;

オマケにハクリデカールだということを忘れてしまい、研ぎ出しの際にせっかくのマルボロロゴを溶かしてしまいました(泣)
タッチアップでも若干誤魔化しきれていません。

TOTALロゴはこのアルゼンチンから新しいフォントに変わっている!…というのが小さな自己満足。

展示会出品歴

2004年11月 第13回オートモデラーの集いin名古屋

SUBARU IMPREZA WRC’02

imp02_01
imp02_02imp02_03DSC03568imp02_04

実車解説

2002年シーズン、三菱からスバルに移籍したトミ・マキネン。
長年三菱と密に関わってきた彼の動向には様々な噂が飛び交ったが、引退説はこれによって否定された。彼を良く知る人物は、「長年同じチームだけで活躍することにトミ自身、疑問を感じていたのでは」と語っている。
ともあれ、新型に切り替わって2年目のインプレッサでマキネンは開幕戦モンテカルロを快走。 2位というリザルトだったが、のちに首位ローブ(シトロエン)の不正が発覚し、マキネンが繰り上げ首位に。
王者マキネンは、モンテカルロでの連勝記録を更に伸ばすことになったのであった…。

作品解説

キットはタミヤ製。デカール変更のバリエーションキットです。
2002年型の改良点であるフロントのリップスポイラーは付属していません。今回は再現しませんでしたが、あまり気にならない点なので十分カッコ良いです。

このキットはホイル、ウインカー、テールランプが着色済みです。楽です。クリアがけの際に水性ではないものを使用してしまい、フェンダー上のデカールに小さな気泡が出来てしまいました(^^;
品質の良いカルトグラフ製デカールとはいえ注意しなければなりません。ちなみにこのデカール、タミヤのアフターパーツで請求すると、なんと200円程度…。(完成当時) 驚きの価格ですね。(笑)

展示会出品歴

2004年8月 第2回柏崎模型展
2004年11月 第13回オートモデラーの集いin名古屋
2005年5月 第16回モデラーズクラブ合同作品展

PEUGEOT 206 WRC’00

001
002003

実車解説

1999年、WRCに帰ってきたプジョーが翌年フル参戦するにあたって投入した「206」は開幕戦モンテカルロより、 デビュー時のライオンをあしらったカラーリングからシルバーを基調としたシンプルなものへと変更された。
初戦モンテカルロでは好成績を収められなかったものの、シーズン後半は絶好調。終わってみればグロンホルムはドライバーズタイトルを獲得、チームもマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。復帰後わずか2年目での偉業達成であった。

99年のデビュー戦でいきなり優勝争いを演じた快走は、まさに翌年の大躍進を予言するものだったと言えよう。

作品解説

特徴的な2段式のリヤウイング。このバックショットをみると、前後フェンダーの張り出し方からいかに市販車から大幅な変更を受けているかというのを感じることができます。206はWRカーとしては大変小さなクルマであったためにFIAから全長を延長する特別許可をもらうなど、開発者が苦心した点も模型だとよくわかります。

リアバンパーの切り欠きに本来あるべきけん引フックがついていませんが、無くしてしまいました(滝汗)

99年仕様の派手さとは一転、シンプルな美しさを盛り込んだところはいかにもフランスのメーカーですね。特に、リアフェンダー上の「206」の切り文字ステッカーが印象的。

pjo99-00
▲ムーさん作、1999年仕様とのツーショット。