CITROEN C4 WRC 2010

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実車解説

長きにわたってシトロエンワークスを支えたクサーラの後継として開発されたC4。
市販車は2004年のパリサロンで初公開。流麗なクーペをベースにしたWRカーはそれに遅れること3年、2007年にデビューした。

キットカー時代からターマックでの圧倒的な強さを誇り、2001年にWRカーとして再デビューしたのちも ドライバー、セバスチャン・ローブが3年連続の個人タイトルを得るなど実に華々しい活躍を見せたクサーラの後継に相応しく、 デビューイヤーの2007年からラストイヤーの2010年シーズンまでC4は常にランキング争いのトップで在り続けた。
その後2011年にデビューするDS3 WRCと合わせて、ローブの9年連続ドライバーズ・チャンピオン獲得の立役者であったことは間違いようのない事実である。

そんな「最強マシン」シトロエンC4 WRCを2010年シーズン、自ら創設した個人チームで購入し走らせていたのが、 元スバルワールドラリーチームのファーストドライバー、ペター・ソルベルグ。
リーマンショックによるチームの撤退で自らのシートを失ったかつてのエースは、移籍先探しを余儀なくされたが見つからず、 2009年にノルウェーで「ペター・ソルベルグ・ワールドラリーチーム」を立ち上げた。

参戦初年度は05スペックのクサーラWRCで出場、旧型ながらもワークスに迫るタイムを叩き出し「ソルベルグここにあり!」という 印象を強烈にアピール。終盤2戦には08スペックのC4に乗り換えてWRCへの参戦を続けた。
そして2010年、09スペックのC4を投入し、満を持して全戦に参戦。
最新スペックとはいかないものの、新たなコ・ドライバーにクリス・パターソンを迎えて全13戦中9戦で表彰台入り。ドライバーズランキング3位をものにした。

とりわけ2年ぶりの開催となったラリージャパンでは首位争いを演じ、ワークスC4駆るオジエに次ぐ2位入賞。 かつてのスバルの地元…第2の故郷とも言うべきこの一戦でプライベーターながら7本のSS一番時計を叩き出した活躍ぶりは 日本の熱心なペターファンにとって大きな感動を与えたのである。

作品解説

2010年、2年ぶりに開催されたラリージャパン。北海道の地に、大学4年生の私も立っていました。
しかし、そこには2年前に見たはずの日本メーカーの姿は一切ありませんでした…。

この年のWRCはF1から転向していたキミ・ライコネンのC4が大きな注目を集めていましたが、いちラリーファンの目により鮮烈な印象を残したのが黄色と赤色に塗られたペター・ソルベルグのC4です。スバルのシートを突如追われたペターの活躍は、ファンにとっての大きな希望だったように思います。

2015年静岡ホビーショーのGARAGE24のお題が「黄色い車」と決まったこともありますが、やはりそのような理由で強く心に残っていたことも製作意図のひとつです。特にスバルファンでもペターのファンでもなかった私ですが、ジャパンレンタカーのタイアップキャンペーンで直筆サインカードが貰えたんですよね。
実際にサービスパークに見学に行くと、個人チームなのにもかかわらず大変向上心に燃えるチームだったというか、ワークスチーム以上の熱を感じまして…。今でも大切にしています。

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さて、そのペターC4を再現するにあたってベースとなったのはエレールのキットです。デカールはスタジオ27。
元キットはターマック仕様ですが、ルネサンスのグラベルキットを組み込んで足回りを再現しています。
しかし、ある時期からカルトグラフ製ではなくなったスタジオ27のデカールは発色は良いものの、非常に硬く扱いにくくルーフ部分の貼り付けに難儀しました。

諸々あってきれいに貼ったデカールをダメにしてしまい(汗)塗装で再現しなおしています。

展示会出品歴

2014年7月 第11回柏崎模型展
2014月8月 第2回関西オートモデラーの集い

FORD FOCUS RS WRC03

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実車解説

99年のデビュー以来、年々進化を遂げ2003年には各部を更に強化、システムを大幅に見直した新型「RSWRC03」が投入されたフォーカス。見るものを圧倒する迫力のフォルムは話題となった。大胆に開口されたフロント周りのグリルと、GTカーのような切り欠きが入れられたフェンダー、そしてリアに取り付けられた大型二段式ウイング。デビュー当初の面影とはガラリと一面を変えている。

中身も大きく進化を果たし、低重心化を図るため主要コンポーネンツはマシン中央に集められ、ダッシュボードに取り付けられていた操作スイッチ系統は全て座席の間に、アクセル・ブレーキペダルもそれまでのダッシュボード側からの取り付けから、床から生えるタイプに変更されるなど、フォードチームのこだわりが随所に見受けられる。

ボディカラーもそれまでのマルティニ・モビスターがドライバーの移籍に絡んで外れたため、しばらくは自社の「RS」ロゴを施したカラーリングであったが、シーズン途中からイギリスのオイルメーカー「BP」のスポンサードを受け、新しい「チームRSカラー」と伴にBPカラー、マルティン車にはBPのブランドであるカストロールのロゴが配された。

第9戦フィンランド。北欧出身ドライバーが圧倒的有利とされるこのラリーで、エストニアの貴公子マルティンが見事優勝。史上3人目のノンスカンジナビアンドライバーの優勝という快挙を達成した。

作品解説

実車が登場するや否や、模型誌でも作例が紹介された新型フォーカス。タミヤニュースでもとりあげられ話題を呼んだものの、大幅な工作が必要とあって挑戦は難しかった中、ハセガワからようやくキットが発売されました。
2004年10月初旬の全日本プラ・ラジショーで発表され、お店に入荷したのが23日。その日まさに店頭に届いた瞬間購入しました(笑)。そこから完成まで約1ヶ月、実質1週間で完成(!)。久々の模型製作を楽しみました。
オートモデラーの集いに間に合わせるため、あまりにも慌ててしまい、名古屋行きの電車の中でリアバンパー右下のバックランプと反射板を取り付け忘れたことに気付く。(写真は取り付け後。)

内容としてはタミヤほどサクサクとはいけない部分もあり、バンパー部の取り付けに苦戦しましたが、それでもやっぱりこのフォルム。かっちょええ…。デカールはイタリア・カルトグラフ製で申し分ない貼り心地と発色です。リアはインストの指示通り、ブラックを塗り分けで再現し、あとのラインはデカールです。

キットはハセガワのこれまでの金型に手を加えたもの。ダッシュボードなどに修正が加えられているほか、スポイラーや前後バンパー、ルーフベンチレーターが新規部品として起こされました。ヘッドライト部も3連タイプに変更を受けています。(^^)

右半分の白塗装がダレてしまい、なんとか隠そうとしてあるのが見え見えです。ルーフベンチレーターも塗装中に見事に落下させてしまい、デカールで隠してあります;
またキットのルーフベンチレーターは何故か中央の支柱が再現されていませんので、再現にこだわりたい方は要注意。

この年のフォーカスのカラーリングはチーム状況のおかげか(?)ワークスチームなのにたくさんのバリエーションが存在するので、ハセガワの今後の展開に期待。(キットには’04仕様のミラーも入っています)

展示会出品歴

2004年11月 第13回オートモデラーの集いin名古屋
2005年8月 第3回柏崎模型展

Garage-Grace ROVER MINI

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実車解説

日本でのラリー人気が高まりを見せる中、2001年に群馬で日本初の国際格式ラリーとなる「インターナショナルアルペンラリー」が開催され、秋にはそれに続けと北海道でもWRC昇格を視野に入れた「インターナショナルラリーin北海道」が開催される。

そのラリー北海道に参加したのがGr.Nミニでラリー活動をしている「ガレージグレース」チームのローバー・ミニ。Gr.A・N・J規定が混走、三菱ワークスの田口勝彦も参戦したこのラリーで、ミニは大健闘。インプレッサ勢が全てリタイアというのにもかかわらず、見事全行程を走り抜き、14位でフィニッシュした。

作品解説

このミニで、Mizさん・茶菓餅さんの共催ギャラリー第2弾「スモールカーガレージ」に参加しました。
その際、今では手に入りにくいフジミのキットをMizさんより提供していただきました。Mizさん、本当にありがとうございました。

今回ミニのスポンサーについたのは私もいつもお世話になっているスタジオ27。このキットに使用したデカールも、もちろんスタジオ27製です。今回は透けがひどくて、赤と黄のデカールがボディのブルーにかなりやられてます(汗
スタジオ27ロゴは透過タイプで2度張りもままなりませんのでそのまま貼ってあります。

内装もまったくわからなくて、ほぼ市販車そのままです。(滝汗
のちに、デカールにもある「カーモデリングマニュアル」で細部写真が特集されていた・・・という情報をいただきました(T_T)

2002年10月16日 | カテゴリー : ,

HONDA CITY [Melonbooks CITY]

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実車解説

2007年度全日本ラリー選手権で、第3戦以降すべてのラリーでクラス優勝を飾り、JN-1クラス・シリーズ2位という活躍を見せた新進気鋭のドライバー、廣瀬康宏選手が自らの手で製作したマシン。
大阪を拠点とするファクトリー「CATS」より出走していたが、2008年シーズンは”メロンナビ”ことコ・ドライバー中村信博選手の発案でアニメグッズ・同人誌ショップの代名詞、『メロンブックス』のスポンサードを得たことからボディに同社のイメージキャラクター・メロンちゃんがあしらわれた。

このことが「痛車がラリーを走る」として各種雑誌・メディア等で話題を呼び、「メロン号」の愛称とともに、ラリー界・アニメオタク界ともに一大センセーションを巻き起こした。
話題性も実力も兼ねそろえたスーパーマシン、「メロン号」は2008年シーズン、第1戦唐津でいきなりクラス優勝を飾ると、続く第2戦久万高原ラリー、第3戦京都南丹ラリーでも優勝をモノにして3連勝。その名をラリーファンだけでなく多くのアニメファンにも広く知らしめたのである。

作品解説

日本のラリー界をある意味で変えた「メロン号」です。

いわゆる「プラモオタク」、「ラリーオタク」と言える私ですが、所謂「アニヲタ」でもありまして(メロンナビこと中村選手のお言葉を借りるなればまさに「三重苦」!)このメロン号は製作するべくして製作した、と言っても過言ではない作品です。

アオシマが前年末から「痛車シリーズ」を発表するなど、これまでマイナーな存在であった痛車、萌車の類が模型界でも話題になった2008年。やはり市販のキットでは真に痛車を製作できることはできない、「自作デカールで再現してこそナンボじゃ!」と、常人には到底理解されないであろう情熱を持って挑みました。(笑)

GA2シティのキットは発売されていませんので、タミヤから発売されていたGG前期型スナップロックキットをベースに、エポキシパテで整形しています。
トールボーイとして大人気を博した先代の後を受けて、実車・模型ともに満を持して登場した商品でしたが、「ワイド&ロー」スタイルへの大転換が受け入れられず、どちらも不振を極めたせいか、とうとうタミヤから後期型がリリースされることはありませんでした。(先代はカブリオレからターボまでフルラインでした…)

しかし、資料を比較してみますと、表情はもちろん意外と変更点が多く、とても全てを再現している余裕がありませんでしたので、形状処理はフロントフェイスの成形とボンネットの処理、サンルーフの穴埋め、リアバンパーの修正、テールランプなどの小変更に留めています。(よって正確には「なんちゃってメロン号」)

後期型になってよりワイドさを演出させる意匠に変更されたフロントグリルはこの作品のもっとも印象に残る部分であり再現の難しかった点ですが、エンブレムごとデカールを自作することによって再現しています。

内装もラリー車にするに当たって、バスタブのリアシートを撤去。断面からジャンクパーツと組み合わせてそれらしく製作したものに、ロールゲージやバケットシート、ラリコンといった部品を組み合わせました。

そして最も欠かせないマーキングは当時メロンちゃんの素材がなかったので、写真を元に新たに自分でペンタブを用いて描き起こしています。
今後はメロンちゃんフィギュアを自作し、作品の横にちょこんと座らせてみたいなぁ・・・なんて野望を抱いております。ふっふっふ・・・。

終わりになりますが、ブログで製作過程を紹介中、詳細な資料を送って頂いた青猫さん、それから当サイトを紹介いただいたご本家ブログ(!)、メロン号東奔西走を運営しているメロンナビ様にも感謝申し上げます。

展示会出品歴

2008年11月 横浜ホビーフォーラム2008
2008年11月 第17回オートモデラーの集いin名古屋
2009年5月 第20回モデラーズクラブ合同展

2008年10月12日 | カテゴリー : ,

MITSUBISHI GALANT VR-4

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実車解説

1987年、三菱が満を持して登場させたスーパースポーツセダン「ギャランVR-4」。フルタイム4WD+4WSを武器に、直列4気筒、DOHCインタークーラーターボを搭載した4G63型エンジンはこれまでのセダンの常識を覆す205psを発生させ、 当時のフェアレディZやスカイラインといったスポーティカーを圧倒的に凌駕するスペックで人気を博した。(のちに240馬力まで拡大)。

グループBカテゴリに参戦すべく開発していたスタリオン4WDが規定そのものの廃止によって頓挫。
次なる新世代ラリーカーを模索していた三菱は、この新型ギャランをベースに新規定であるグループA車を製作、WRCに参戦することとなる。

1988年、先行参戦したアジア・パシフィックラリー選手権(APRC)で篠塚建次郎がチャンピオンシップを獲得し、 翌89年からはアリ・バタネンを正ドライバーとして迎え入れ、いよいよWRCに参戦を開始。当時はランチア・トヨタの2強時代であり、 シーズン序盤はリタイアや同じギャランのグループN車より順位が低いフィニッシュなど辛酸を舐めたものの、1000湖ラリー・RACラリーでは参戦初年度から優勝を獲得し、着実に成果を挙げていった。

1991年コートジボワールではディーラーチームから出走した篠塚建次郎が日本人初のWRC優勝を達成、APRCでもギャランが2年連続でチャンピオンに輝くなど活躍を見せたが、既にその大柄で鈍重なボディは時代遅れとなっており、新たなライバル達が次々と参戦した92年シーズンは苦戦。翌年にデビューを控えたランサーエボリューションにその座を譲ることとなった。

作品解説

ハセガワのCRシリーズ初期のキットです。市販車キットからのバリエーション展開ということで何かと苦労する点も多いですが、完成後の存在感は圧倒的で素直に「かっこいい」、まさにザ・ラリーカー!といった仕上がりになってくれます。

今回はリンク先の有楽町マリオンのからくり時計さんから頂いたキットをデカール替えでラストシーズンのサファリ仕様にしてみました。(本当に今頃になってしまってすいません…滝汗)ちなみに順位は10位でした。
あえて優勝車でなくこっちを再現するあたりがひねくれてると言うべきのか、はたまた伝統のラリーを再現したという点でひねくれてないと言えるのかは自分じゃよくわかりません!苦笑

本来、所属クラブ・WRC(※当時)の2007年/年間テーマ「サファリ」にあわせるために製作したのですが、デカールは傷んでるわ塗装は失敗するわでてんてこまい。1年ほど熟成された状態でこのたびようやく完成にこぎつけました。

しっかし、何を隠そう(隠してないけど)サファリ仕様のキットを完成させたのは初めてでして(笑)そりゃあいまこうして写真を見る分にはこのゴテゴテしたブッシュバーとかアニマルガードとか、大型のフォグやらプロジェクターランプやら「カッケェなぁ」と呟けるんですが、やーっぱりしばらく作りたくないですねぇ…。(どーも苦手)

MITSUBISHI LANCER EVOLUTION I

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実車解説

ケネス・エリクソンとアーミン・シュワルツ駆るランサーRSエボリューションIは1993年モンテカルロでデビュー。 ギャランVR-4から受け継いだ4G63エンジンを継承し、一回り小さくなった5ナンバーボディで世界を戦うことになった。
スペシャルカラーリングを纏ったデビュー戦、モンテカルロではエリクソンが4位入賞、第3戦ポルトガルでは5位入賞を飾るものの、以降は足回りの弱さが祟り低迷。目立った活躍は第6戦アクロポリスラリーでシュワルツが3位、最終戦RACラリーで2位を飾るに留まり、同じく日本のメーカーであるトヨタがセリカでめざましい活躍を見せる一方で、このシーズン中に優勝することは出来なかった。

ランサーエボリューションシリーズでの優勝は、エボリューションIIへの進化を待つことになる。

作品解説

ハセガワの1/24CR(コレクション・ラリーカー)シリーズ初期の製品です。
しかし、実車がIIIに進化したのと同時に金型を改修して発売してしまったため、絶版となってしまいました。そのためプレミアが付き、一時期はかなり高額で取引されることもあったようです。
そんな貴重品となったこのキットですが、リンク先のわ~くすさんのご好意でサファリ仕様(篠塚建次郎が乗車したディーラーチーム仕様)のキットを頂戴して製作することができました。
なかなか製作に踏ん切りがつかなかったのですが、平成16年ごろから製作を開始。ハセガワのアウトレット通販でデカールを入手したため、ワークスチーム仕様とすることができました。
ホイールはそのままディッシュタイプを利用したので、グラベル仕様となっています。(発売されていたポルトガル仕様のキットでは5本スポーク)
その後、受験を挟んでしまったため再び製作が止まってしまっていましたが、このたびようやく完成にこぎつけました。
その間に発売されたタミヤのウェザリングセットを使用し、グラベルの砂煙でススけた感じを表現してみました。

マーキング類は資料が不足しており、一部が想像ですので参考にはなさらぬよう…。

展示会出品歴

2008年8月 第5回柏崎模型展
2010年8月 第7回柏崎模型展

MORRIS MINI COOPER 1275S

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実車解説

1973年にWRCとしてシリーズ化される以前、1967年のモンテカルロラリーで優勝したマシン。1950年代、中東の混乱に伴う石油高騰を背景に「極めて経済的な4人乗り小型車を」というコンセプトで英国BMCが開発したミニ。

横置きエンジン・FF・2ボックススタイルという現代の小型車の基礎とも言えるパッケージングで登場したミニは瞬く間に大衆の支持を得るが、その特異なまでのハンドリングに注目したのが、F1に参戦していたクーパー・カー・カンパニーのジョン・クーパー。
開発に加わった彼はオリジナルのエンジンを997㏄まで拡大させることに成功、1962年に彼の名前を冠した「ミニ・クーパー」が誕生する。
1963年には更なる強化版「クーパーS(1071cc)」が発売され、その後更に限界まで排気量を高めた「1275クーパーS」が量産されることになる。

ごく小さなボディにめいっぱいの心臓部を詰め込んだ1275ccのクーパーSは戦闘力が非常に高く、 ランチア・フルビアやポルシェ911など当時の『大物』ライバルを相手に65~67年にかけて雪のモンテカルロで優勝。まさに「小さな英雄」であった。 (但し66年は1~3位表彰台独占も、補助灯のレギュレーション違反でフィニッシュ後に失格)

なお、屋根上のキャリアに載るタイヤはレギュラータイヤ4本に加え2本のスペアを携行しなければいけないという当時のレギュレーションによるもの。

作品解説

現代のラリーカーばかりをつくっていたので、一度旧車をやってみようかな…と作り始めたミニ。

昔のラリーカーだし、装備も大したことないでしょ、と甘い考えで購入しましたが、それは大間違いでした…。非常にサイズがちっちゃいのでちまちまとしたパーツが多く、苦労しました。
しかもタミヤのキットはエンジンも再現されており、ボンネットも簡易ヒンジで開閉します。今回は大失敗、パーツが無くなったり飛んでいったりで散々でした。(泣)
ステッカー類はせいぜいドライバーネームとゼッケン程度です。古き良き時代の…といったところでしょう。内装はなかなかレトロに仕上がったと思うのですが、いかがでしょう?(^^)

セミグロスブラックを筆塗りしたあと、シルバーで色さしをしています。(乾きかけの筆で凸モールドにこすりつけるドライブラシで塗装)

PEUGEOT 206 WRC’00

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実車解説

1999年、WRCに帰ってきたプジョーが翌年フル参戦するにあたって投入した「206」は開幕戦モンテカルロより、 デビュー時のライオンをあしらったカラーリングからシルバーを基調としたシンプルなものへと変更された。
初戦モンテカルロでは好成績を収められなかったものの、シーズン後半は絶好調。終わってみればグロンホルムはドライバーズタイトルを獲得、チームもマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。復帰後わずか2年目での偉業達成であった。

99年のデビュー戦でいきなり優勝争いを演じた快走は、まさに翌年の大躍進を予言するものだったと言えよう。

作品解説

特徴的な2段式のリヤウイング。このバックショットをみると、前後フェンダーの張り出し方からいかに市販車から大幅な変更を受けているかというのを感じることができます。206はWRカーとしては大変小さなクルマであったためにFIAから全長を延長する特別許可をもらうなど、開発者が苦心した点も模型だとよくわかります。

リアバンパーの切り欠きに本来あるべきけん引フックがついていませんが、無くしてしまいました(滝汗)

99年仕様の派手さとは一転、シンプルな美しさを盛り込んだところはいかにもフランスのメーカーですね。特に、リアフェンダー上の「206」の切り文字ステッカーが印象的。

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▲ムーさん作、1999年仕様とのツーショット。

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実車解説

フル参戦初年にいきなりWタイトルを獲得したプジョー。続く2001年、2002年にもマニュファクチュアラータイトルの栄冠に輝き、3年連続のタイトル獲得を果たした206は2003年シーズンを真紅のマルボロカラーで戦うことになった。鮮烈な赤はまさに王者の風格を感じさせる。
エンジンルームギリギリいっぱいに収まったXU4ユニット。狭い室内はロールケージで固められ、その隙間を縫うようにスペアタイヤと燃料タンクが収められている。

これまでのシーズンで決定的な強さを持てなかったグラベルへの徹底的対策を施した結果、エース・グロンホルムはトルコで順位を落とすものの、第4戦・第5戦のグラベルステージで見事に優勝。悪路に弱いとされたフランス車の評価を覆した。

2003年はタイトルこそシトロエンに奪われるが、それでも2位でシーズンを終え、翌年にデビューを控えた307CCへの大きなつなぎ役を果たしたのであった。

作品解説

というわけで、記憶に残る最強マシン、プジョー206です。既に製作した2000年仕様から多く変更を受けています。

今回ベースにしたのは2002年のニュージーランド仕様。デカールはミュージアムコレクション製ハクリデカールをはじめて使用しました。
タミヤの’03年用と合わせて使用しましたがなかなか苦戦。割れてしまった部分もあり、タッチアップしています。ロゴも足りなかったり、大きすぎたり、違ったりと問題は多いですが、カッコいいのであまり気にしていません。

※参考として、
・リアナンバー上の「TOTAL」ロゴが不足
・Aピラーのプジョーファイナンスのロゴはタミヤデカール使用の指示があるが、モンテカルロの場合とは文字が異なる
・ゼッケンの「ARGENTINA]のロゴは本来黄色でなくオレンジ
・ラリープレートが大きめ、かつカーナンバーが入っていない(私はジャンクデカールから拝借)

キットは2002年までの仕様なので、本当は内装やリアスポイラーの形状など見えないところで変更を受けているのですが、そのまんま素組みで製作しています。
ボディは塗装の際に何度も失敗して、一度シンナー風呂にも入れてます(^^;
結局そのあとも失敗は隠し切れずに、もうボロボロ。なんとも情けない仕上がりになってしまいました;

オマケにハクリデカールだということを忘れてしまい、研ぎ出しの際にせっかくのマルボロロゴを溶かしてしまいました(泣)
タッチアップでも若干誤魔化しきれていません。

TOTALロゴはこのアルゼンチンから新しいフォントに変わっている!…というのが小さな自己満足。

展示会出品歴

2004年11月 第13回オートモデラーの集いin名古屋

RENAULT 5 TURBO

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実車解説

ルノーのFF大衆車「5(サンク)」をベースに生まれた「サンク・ターボ」。
大型化された前後フェンダー、ルーフ一体型のスポイラー。そしてミッドシップ化されたことを物語るリアフェンダーに開けられた大型のインテーク。

78年、パリ・サロンでお披露目されたサンク・ターボはこれまでに無い大胆さが好評を博し、80年から市販を開始。試験的に79年「ジーロ・デ・イタリア」に参戦すると80年にはGr.4ホモロゲーション認定を受け、WRCに初登場。この時にはあえなくリタイアするが、そこまでの快走ぶりは次のシーズンに期待を抱かせた。

名手ジャン・ラニョッティのドライブで再び81年のモンテに登場したサンクは、アウディ・クワトロに大差をつけられながらも、後半クワトロが事故で脱落すると2位に浮上。首位のポルシェ911SCもリタイアし、見事な逆転優勝を飾ったのだった。

作品解説

タミヤのキットです。すでに生産が停止している製品ですが、今回はTOMさんのご好意によりキットを譲っていただきました。(TOMさん、ありがとうございました。)
(2004年10月再販、以降たびたびスポット生産されています)

白・黒・黄色の塗りわけはマスキングのあと、スプレー缶で塗装。フロントの開口部が複雑で、塗りわけラインが少々荒れましたが筆塗りでタッチアップペイントしてあります。このキットは発売当時の1/24シリーズのスタイルであるモーターライズキットです。その電池ボックスを利用し、麦球をヘッドライトに埋め込んでみました。

そして当時のタミヤキットにはフィギュアも付属していました。初めて挑戦をしたわけですが・・・。まだまだですね(汗